110号 2001年7月発行

【特集】商店会としての逸品運動

   ─各店の商品開発や発掘・PRを商店会で支援する永続的な事業

 まちの歩行環境がよくなること、イベントなどで会員の連帯感、消費者とのつながりを深め知名度を高めることは大事なことではある。

 しかし、それだけでは、買い物客を増やし、各店の売り上げを上げることは難しい。「道路が整備されても、イベントで大勢の人が集っても、個店の経営はよくならなかった」という例は少なくない。

 そこで、出てきたのが、「各店で売っている商品・サービスの魅力を高め、そのことを多くの人に理解してもらわなければ商店街としての魅力は高まらない」という考え方だ。それを、商店会として最初に取り組んだのが、静岡市の商店街振興組合呉服町名店街だ。市商連では、その呉服町名店街視察を6月20日に実施した。

 そこで、呉服町視察に参加した伊東武志専務理事の報告、そして横浜市での取り組み例を紹介したい。

■静岡県・呉服町名店街視察報告−商店街逸品運動の先駆け

 呉服町商店街は、JR静岡駅から近く、周辺には県庁や市役所、金融機関などの公共機関が集積している。カラー歩道、両側のアーケードや植栽、モニュメントなどで構成される街並みは明るく、清潔感がある。そして店格の高い店が軒を連ねている。加盟店は約80店。何より感心したのは、人通りが多く、楽しさが感じられたこと。
 その呉服町名店街が『一店逸品(逸サービス)』運動に取り組んだきっかけの一つが横浜視察だったという(同振組営業委員会副委員長の渡辺武之氏)。
 横浜市でも、『こだわりの逸品 街づくり事業』を中小企業指導センターが所管となり、展開している。味や素材、思い入れの深い良い商品を持ちながら、うまい売り方や宣伝が出来ず、埋もれている商品を多くの会員の力で掘り起こし、商店街の人気商品にしようということだ。
 以下、呉服町の逸品運動について渡辺氏の話を紹介したい。

◆きっかけの一つは横浜視察
 呉服町の役員らが数十年前、まだ基盤整備前の元町商店街を訪れた時、個性的な商品を扱う店が多く、活況を呈している状況を見た。その前に、立派なアーケードや舗装があるのに、殆ど人が歩いていない九州のある商店街を見ていただけに対照的で、「商売の原点は商品にある」ことを痛感した。
 そして、呉服町のある店が独創的なカバンを売り出し成功したことから、商店街の全員に呼びかけ、逸品連動を始めた。最初は声をかけても集まる人は少なかったが、優れたリーダーとそれを補佐する人、そして、適切なアドバイスをしてくれるコンサルタントがいたことで、逸品連動を理解する人が増えてきた。

◆委員会で各店の商品を検討
 普通、商品は商店会としてではなく、各店が開発し、売り出すものだが、逸品事業では、商店会内に専門委員会を設置して、各店が開発した試作品などを委員会で検討した。
 そこでは、「甘すぎる」、「高い」、「それでは売れない」といった本音の意見がどんどん出る。委員は、専門家としてというより、消費者の立場として第三者的に感想やアドバイスを述べる。だから、試作品を出した店も素直に聞きやすい。
 あるパン屋さんが開発した『するがぱんずら』(桜エビを練りこんだカリカリのステイツクパン)という商品のネーミングも、この委員会で数十もの案を出し、それを全部壁に貼り、投票で決めたもの。

◆乗ってきたマスコミ
 こうした成功例がいくつも出てきて、マスコミに取り上げられるようになり、逸品運動に参加する店が増え、消費者にも、「あの商店街にはいい商品がある」というイメージが浸透するという好循環が生まれた。
 また、経営者は意識していなくても、何年何十年と売れ続けている商品には逸品と言えるものがある。「お宅のあんドーナツは逸品だよ」と委員会で指摘され、改めで商品としてPRしたところ、売り上げが伸びたという例もある。
 また、この委員会の副産物として、商店街内の若手のコミュニケーションが強まり、多くの人材が発掘されたこともあげられる。

◆逸品は物販店でも可能
 自店で製造販完している飲食店や菓子、パン店などは独自の商品を開発しやすいが、商品を仕入れて売る店では難しい。しかし、そういう店でも参加できる
 一つは、消費者の要望を受け、商品の改良や開発をメーカーに伝えるという方法だ。あるカバン屋さんは、赤ちゃんを抱く母親が背中のデイパックから財布をとりやすいようデザイン変更を提案したり、ある雑貨店は、赤ん坊の爪を切りやすく、しかも感じのいいデザインの爪切りをメーカーに提案し、製作した。
 もう一つは、商品以外の面。包装紙や袋のデザイン、接客、店内の陳列など商売に関する様々なもので、『逸サービス』ともいえる。
 店主や従業員の人柄も逸サービスとなりうるだろう。

◆情報発信もポイント
 そして情報発信。いくらいい商品・サービスがあっても、消費者に知ってもらわないことには売れない。そのために参加店向けに看板やステッカー、そして数百万円をかけるという豪華チラシ(商品カタログ)、ホームページなどでPRしている。
 共同チラシは年に1回程度。毎年、開発・発掘した逸品や各店の推奨品をPRするキャンペーンの時に30万部ほど新聞に折り込む。このチラシには、商店主や従業員を紹介したりすることもできる。「商店街活性化の一環」ということで行政の補助もついた。

◆継続する事業
 93年に始めた運動だが、呉服町では今も委員会を継続させ、毎年数点の逸品を開発している。
 安売り商品を中心に買う消費者は多いが、一方で、多少値段は高くても納得のいく商品を欲しがる消費者も少なくない。そういう消費者に、多くの店が、その店にしかない商品やサービスを開発・発掘し、商店街でPRをしていけば、大型店に十分対抗できる。それが商店街の理想の姿ではないか。

■市内の取り組み事例−金沢区・能見台駅前商店会の橋本康二氏に聞く
「まちの売り」をみんなで作ることに意義

◆意外に難しかった自店の特微の表現
 能見台駅前商店会が、こだわり逸品街づくり事業を始めたのは、99年の秋。商店会の販促部長をしている私に「市が募集しているよ」という話をほかの役員が持ってきたことから。
 それで市に連絡して資科をもらい、「やれそう」ということで、役員会に諮り、了承を得て、医院や塾等を除く商店街内の約130店に呼びかけ、説明会を開催した。最初の説明会には25〜26人が参加。市の職員とコンサルタントも来て、どういう事業かを説明してくれた。
 以後、翌年(2000年)7月スタートを目標に毎月1回程度、7〜8回の勉強会を開いた。
 勉強会には市の職員とコンサルタントも毎回参加してくれ、市内外の逸品事業の資料提供や解説をしてもらったりした。
 コンサルタントには、各店を取材してもらったほか、参加店に対して、「自店の特徴を考え、それを自分のことばで表現する」ことを指導された。それがなかなか難しかった。逆に言えば、「自店の売りは何か、それをどうお客さんに伝えるか」という意識が多くの店に少なかったということかもしれない

◆参加店のつながり密に
 もう一つ指摘されたのは、「参加店が、お互いの店の逸品などについて話し合うこと」。これは、よかった。お互いに腹を割って話す関係が生まれた。それがきっかけで、その後のイベント事業などへの参画者が増えた。

◆HPで商店主の顔や肉声を
 昨年の七夕イベントの時に、商店会としての逸品お披露目をした。その時点まで残ったのは12店。
 宣伝は、共同のチラシ(チラシの新聞折り込み1万枚とポスティングが3000枚)とポスターなど。この時に、商店会としてのホームページをつくり、その中で各店の店主の顔や商品の写真などをアピールした。サービスは人なので、店主の顔写真やビデオによる肉声で、より親しみを待ってもらうようにしている。
 今後はHPを見る地域の人々も増えることは間違いないので、地元への情報発信手段の一つとして力を入れていきたい。

◆物販店はサービスを強調
 肝心のこだわり商品の発掘・開発だが、うちのような飲食店などは比較的やりやすい。 ちなみにうちでは、地元の漁師さんとのつながりを生かして、『あなご天ざる』を第1弾として開発したが、これは定番商品となりそうだ。金沢沖でとれるあなごやしゃこは、江戸前の味として、「知る人ぞ知る」逸品で、それと地元に野口英世記念館があるので出生地の猪苗代町のそばを組み合わせ、毎週100食以上出ている。
 ラーメン屋さんは天日干しの塩を使った塩ラーメンを売り出し、こちらも好評という。
 鰻屋さんは、自店で生きている鰻を「さばいて」、焼いていることをアピールしたのが成功した。
 商品を仕入れて売る物販店はやはり難しいようで、新商品の開発には至らず、「見積もり無科」、「電話1本で参上」というようなサービスとHPで顔写真やビデオの肉声で人柄を強調している。
 また、HP制作にあたっては、地域の人にも手伝ってもらった。

◆『文化』をテーマのイベントも
 各店の逸品だけでなく、「このまちとしての売り」をつくることも大切だと思う。
 能見台の場合は大きく言うと文化。具体的には俳句や芸術、音楽などを時節に合わせて実施していきたい。
 学校や町内会など、地域住民と一緒に、「活きと活きとした街づくり」を目指したい。あくまで、主役は地域の住民の方々であり、商店街は地域の方々に喜んでもらえるような『舞台』を提供していければと思っている。『こだわり逸品』は、その舞台の『小道具』なのである。